News & Blog 【アニメーター科ロングインタビュー(前編)】だいそれた事はできないけど、ちょっと背伸びすることは出来るから。

【アニメーター科ロングインタビュー(前編)】だいそれた事はできないけど、ちょっと背伸びすることは出来るから。

【P.A.WORKS養成所に進学!!稲塚 音羽さん】

 

-本日はよろしくお願い致します。稲塚さんが影響を受けた作品を教えてください。

 

稲塚 アニメの専門学校を目指すきっかけになったのか、「マクロスF」です。
もともと音楽が好きというのもあり、音楽と戦闘アクションが一緒になっているのが
独特だなと当時は思いました。その中でもヒロインの「ランカ・リー」に影響を受けて、
そのキャラは最初は憧れを口に出すだけなんです。ですが、その後色々な問題にぶつかりながらも
最終的には「やりたい!」って自分の想いに確信を持って進む生き様がカッコイイと思って。
アニメってこいう表現が出来るんだと感動して、アニメ業界を目指しました。

 

-なるほど。

 

稲塚 なんですが、アニメの専門学校に行きたいと家族に話したら少し揉めまして。。。
私自身あまり気の強い方ではなくて、あまり自分の意見を親に言えなかったんですが、
そんな時私を後押ししてくれたのが、「暁のヨナ」という作品でした。
主人公のヨナ姫って最初は甘やかされて幸せな環境で育っているんですが、そこから急に
城を追い出されたり大変な目に合って、自分の無力さとかを知って弱ってしまんですけど
そこから、誰かのために強くなったりとか、やりたいことを貫く通すために
急に、なんか、年に不釣り合いなくらい力強い表情をしたりして(笑)
そういうのを見ていたら、私もやりたい事決まったからちょっと頑張りたいなって思って
親に自分の気持ちを伝えました。

 

-大事なことは全てアニメに教わったということですね(笑)

 

稲塚 もちろん現実の人からもいっぱい学べることはあるんですけど、
アニメだと特に入り込みやすいですよね。
現実では命のやりとりなんて日本ではないですけど、アニメだとそれが許されていて
キャラクターも極端に感情表現してくれるので、当時は学ぶことが多かったです。

 

 

-話は少し戻りますが、アニメ業界という進路に親御さんは賛成ではなかったと。

 

稲塚 そうですね。母は最初は心配していましたが、
私のやりたいことを応援したいと言ってくれて。
どれと同時に「どんな事でも、やりたいことをやる時には必ず障壁がある。

でも、それを乗り越えられるように挑戦するようにしなさい。」
と言われて、私もそうだなと思って、頑張った記憶はあります。

 

-お父さんはどうだったんですか?

 

稲塚 私自身、優柔不断な所もあり、父は特別心配していました。

中、高と絵を描くのは趣味程度で、ずっと吹奏楽をやってきました。
そこで急に絵を描く路に進みたいと言ったので、「何事やっ!?」って言われました(笑)

 

-(笑)あぁ、なるほど。

 

稲塚 そういうのもあり、納得してもらうまでに時間がかかりました。
中でも1番大変だったのが、私の出身でもある

「富山のP.A.WORKSさんの本社に電話して見学させてもらう」
というのを条件に出されて、それが出来ないなら進学は認めないと言われました(笑)
電話する前に、HPに「見学は出来ない」と記載があるので知ってはいたのですが、

やはり見学は難しいと伝えられ、
粘ったですが

「他もお断りしているので、私だけが特別になってしまうとルールが崩壊してしまう」

と伝えられ、その通りだなと。
電話するまでには高校の先生や母に相談にのってもらったりして、

その当時やれることは全てやったんですが
見学はできなかったと父に伝えました。

 

-その結果は?

 

稲塚 「お前、たった1回の電話で何を言うとるんやっ!!」って言われました(笑)

 

-(爆笑)

 

稲塚 当時は大変でした(笑)

 

-きっとお父さんとしては応援していたけど、「覚悟」を問うていたんですね。

 

稲塚 そうですね。結果、今学校にも通えてますし、言われたことは全て的を射ていたと思います。
「絵の勉強はしているのか?」と問われた時もあり、高校生で正確な情報を集めるのが難しかったので
「ユーキャン」の絵の通信講座を受けて、説得力を持たせようと母と作戦を練ったこともありました(笑)
当時手探りで頑張ったことは、なんやかんや今に活きているなと思います。

 

-お父さんは最初はどんな進路に就いて欲しかったんですかね?

 

稲塚 う~ん。ずっと音楽をやっていたので、音楽の路ならいくらでも金はだすと。
あとお父さんから見た私は子供とかお年寄りと接している姿をよく見ていたらしく、
保育や介護の路なら分かるとも言われましたね。

 

-過去の積み重ねを大切にしたかったんですね。

 

稲塚 今思うと高校選びもすごい心配してくれて、お母さんは心配性なんですけども
きっとお父さんの方がずっと心配性なんだと思います(笑)
だからいっぱい声をかけてくれたんだなと。

 

 

-アニメーターを志す前にやってみたい仕事はあったのですか。

 

稲塚 そうですねぇ。介護とかは考えました。
田舎なんでお年寄りいっぱいいますし、お年寄りの方とお話すのも好きなので。
それこそ、お父さんとお母さんが年とっても役立つしなぁ、なんて考えてました。

 

-高校時代はどんな学生だったんですか?

 

稲塚 あんまりしゃべれない人でした。
それこそ異性とは話もできませんでした(笑)

 

-(笑)そんな感じですか?

 

稲塚 専門に入ってからはアニメという共通の趣味もあるので
今は全然しゃべれますけども、当時は、怖いなぁって(笑)
人に話しかけるのが嫌な時代でした。
先生に分からない事聞きに行くのも抵抗がありました。

 

-人に敏感な時期だったんですね。今では想像もできません(笑)

 

稲塚 人の顔色は気にしてましたねぇ(笑)
でも部活の部長とかはやってみました。
このままじゃいけないなぁって思って挑戦したんですけど
結局。。。みたいな。

 

-苦手克服意識は高かったんですね。

 

稲塚 ちょくちょく、たまにですけど
「今ここで、これをせんかったら、後悔するかもしれん。」
っていうのは思うところがあって、だいそれた事はできないけど
ちょっと背伸びすることくらいは出来るから、部長もやってみようと。

 

-新潟来てからは接客のアルバイトしてますがそれも?

 

稲塚 そうですね。
最初のアニメ制作でも制作進行に立候補したり(笑)

 

-そうでしたね(笑)

 

稲塚 アニメの仕事って勉強していく中で、コミュニケーションが重要だと感じて
それを1番勉強できるのが制作進行かなと思って、やりました。
で、その制作進行をやるためには人に慣れないといけないなぁと思って、
アルバイトを始めました。

 

-言うは易しですが、実際出来る人ってなかなかいないですよ。

 

 

後編へ続く

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